朝日新聞日曜版3面、「あしたを考える」というスペースにあった「国を開く 選択のとき」という連載にあったものです。興味があるテーマだったのでスキャンしました(あとで読み取りソフトで文字起こしするかも)。
参考:
□重国籍とは
□なぜ重国籍容認が必要なのか?
by GCNET グローバル市民権ネット 国籍と市民権 重国籍とは
ちょ〜っと読みにくいですが、色々な説明があります。このHPの情報だけ読んでも、素人なりにかなりの知識を得られそうです。
それにしても世界的な二重国籍容認の流れというのは、ここ10年ぐらいのことなんですね
。2chがより大衆化してきたので、聞ける話も増えてきて面白いと思うようになってきた最近(笑)。
By JIROの独断的日記ココログ版
上記リンク先にある主張に私も同感。
この投稿では現行の少年法について触れるつもりではなく、またいじめの被害者を死に至らせる加害者の多くが、(リンク先の文中にある)新聞記者が実際に感じたような狡猾で悪人的心構えを持つ人たちというわけではないだろうけれども、いじめを犯罪と認めて懲罰を加えるようになれば、それを恐れて加害行為を留まる人も出てくるでしょう。
もちろんそれには、そういう制裁があるということを知っていないとならないし、知っていたところで自分が受ける可能性のある懲罰やそれが自分の将来に及ぼし得る可能性の重大さが分からない人には効かないでしょう。
また「それだったらいじめがより陰湿化する」という意見があるけれども、それも起こり得るとは思う。
でもリスクマネジメントとして、制裁を受ける可能性というのを初めから認識させておくシステムが出来たら、大抵の保護者は自分の子どもに「いじめをするとお前にとって悪いことが起こるかもしれないから、絶対にしちゃダメだぞ」って馬鹿でも言うようになると思うのですよ。
いじめる行為が何故良くないのかというものを心底から理解している人はもっと上手く、相手に伝わりやすいように説明できるだろうけれども、子どもが悪気なしに「今日○×いじめちゃったーww」と軽く言った時に、それが保護者としての自己保身のためであったところで「ダメ!」とサッと言えるようになれば、子どもも何が何だか分からなくても取り敢えず「あ、なんかいけないことなんだ・・・」ということは伝わるでしょう。
また教師も加害児童の親に「お宅の○×君が誰それをいじめているんですが、これが過激化すると○×君にとっても大変なことになるので〜/〜」と伝えやすくなるだろう。
なんつー消極的な言い方だ、って感じかもしれないけれども、世の中にはスーパー自己中な保護者というのも少なくないらしいので、そういうのが相手だった時にも、自分が法を守る行為、当事者を助けるをしているという自信がつきやすくなると思います。
たしかに「ちょっとしたいじめごときで子どもの将来に汚点が着くのは・・・」とも思うけれど、そこは上手く考えて、更生後には響かないようにすれば良いと思し、ほんのちょっとしたいじめも対象にしろというわけではない。ただ、いじめを減らしたい人が動きやすくなると思うんだよね。
[文部科学大臣からのお願い]
By 文部科学省HP
文部科学大臣からのお願い
未来のある君たちへ
弱いたちばの友だちや同級生をいじめるのは、はずかしいこと。
仲間といっしょに友だちをいじめるのは、ひきょうなこと。
君たちもいじめられるたちばになることもあるんだよ。後になって、なぜあんなはずかしいことをしたのだろう、ばかだったなあと思うより、今、やっているいじめをすぐにやめよう。
いじめられて苦しんでいる君は、けっして1人ぼっちじゃないんだよ。
お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、きょうだい、学校の先生、学校や近所の友達、だれにでもいいから、はずかしがらず、1人でくるしまず、いじめられていることを話すゆうきをもとう。話せば楽になるからね。きっとみんなが助けてくれる。
文部科学大臣からのお願い
お父さん、お母さん、ご家族の皆さん、学校や塾の先生、スポーツ指導者、地域のみなさんへ
このところ「いじめ」による自殺が続き、まことに痛ましい限りです。いじめられている子どもにプライドがあり、いじめの事実をなかなか保護者等に訴えられないとも言われます。
一つしかない生命。その誕生を慶び、胸に抱きとった生命。無限の可能性を持つ子どもたちを大切に育てたいものです。子どもの示す小さな変化をみつけるためにも、毎日少しでも言葉をかけ、子どもとの対話をして下さい。
子どもの心の中に自殺の連鎖を生じさせぬよう、連絡したい、子どもの生命を護る責任をお互いに再確認したいものです。
平成十八年十一月十七日
文部科学大臣 伊吹 文明
。[ホンマノオト] from NTS教育研究所
21世紀の日本における「教育、教育、そして教育」というダイナミックな動きは、2006年にはっきりした形で見えてくるでしょう。コミュニケーションのスタイルがまず大きくかわります。コラボレーションの力が相当重要になってきます。E-learningや教育のアウトソーシングも普及し始めるでしょう。このように教育が変われば、市民の意識も影響を受けます。市民の力が充実すれば、都市は再生し、国も世界も変わります。ホンマノオトでは、この歴史の変化の一端をサポートできる視点を模索していきます。
一項目しか読んでいませんが、
ホンマノオト>私立中高一貫校研究
ホンマノオト>私学Bracketing等がそれぞれ興味深いです。
内容には同感で、ちょっと思った事を。
日本人って(田舎は分からないけれども)咄嗟の気遣い(公共の場でのちょっとした事への対応)に長けていない様に見えるところがあるけれども、それって日本人の国民気質に繋がるものだと思うんだよね。
世界的(厳密には西洋諸国の観点的)に見て、日本人というのはEmotionaly Sensitiveだと描写される事があります。これはInternational Businessを勉強している人だったりすると触れる機会がある描写じゃないかと思うけれども、このEmotionaly Sensitiveというのは感情的(アツイ)という意味は含まず、“とにかく繊細な人達”という一般概念です。
日本人にも色々な人がいるし、今の若い人達なんかはこれまでの日本人の典型的気質とは違ったものを携えているんじゃないかとも思うけれど、外の人間との接点がある私としては、今の日本人でもやっぱり“日本人は平均的に繊細な人達だ”と思います(そして昔の人達は繊細だけれども忍耐強さがあったところ、今の多くの若者はその忍耐強さに欠けるところがあるんじゃないかな)。
で、話を戻すと、例えば電車の中で誰かが何かを落とした時にサッと声をかけてあげられない事、お年寄りや体の不自由な人にサッと席を譲れない事、終点に着いても寝ている人を起こしてあげられない事、というのは、多くの人の場合、冷たいからというよりも声をかけるのが怖いからじゃないかな、と思うんです。
結論を先に言えば、この“気楽に他者を助けられない”という特徴は失われた方が良い、都会であれどこであれ、少しでも不自由さを抱えている人を見かけたら気楽に声をかけられる様になって欲しい、と思います。
だから、“人に声をかけるのが怖いならば無視したままでいいよ”と言うわけでは全くないものの、声をかけ難いのも事実なんだよね。
私は今でこそ人に声をかけられるけれども、それでも日本でそれを実行しようとすると何故か勇気がいるし(←ある意味笑える・笑)、昔なんかは到底出来ませんでした。
昔といっても、うーん、幼稚園から中学生ぐらいの時だったかなぁ。幼稚園生の時はバス(公共の)通学で、そういう園児が多かったからその時から「お年寄りや体の不自由な人には席を譲りましょう」と言われていたし、何よりも「席が足りなさそうな時は(元気なのだから)なるべく椅子に座らない様にしましょう」なんて事まで言われていたと思います。
なので「言われてはいた」ものの、でもどうやって実行すれば良いのかが分からなかったのです。
どうやってもクソもないだろ、って感じかもしれないけれども、日本育ちである事とはあまり関係なく極度の恥ずかしがり屋だった私は、知らない人と話すという事がとても怖かったんですね。で、問題は、“お手本になる行為をしている人が周りに直ぐには見つからない”事。
つまり、恥ずかしがりな私にしたって、もし席を譲ったりする行為が日常茶飯事に見られるものだったならば、その行為自体に違和感を覚える事にならず、“当たり前”の事として実行出来るものになっていただろう、というわけ。
日本国外に出てみると、人相の悪い怖そうな人が何事もなくお年寄りや障害者に席を譲り、譲られた方も特に驚いたりせずに普通に『ありがとう』という光景がよく見られます。それは、それらの国々において“ちょっとした手助けをする”という事が当たり前の事の一つになっているからだと思うんだよね。
こういう風に書いていると、自発的に動ける日本人が少ない、という事にもなるかもしれないけれども(ってそうなのかも・・)、まぁ自分がお手本にならなければならないという話です。
子供がいる人は、口で言っているだけじゃ駄目だよ。「ほら、おじいちゃんがいるから席を代わってあげなさい」と言うよりも、自分から何も言わずに代わった方が多くの子供には効果的なんじゃないかな。
面白いんで(右派傾向のある主張を“極度に”嫌う人は気分を悪くする可能性もあるから読まない方が良いかもしれないけれど。私の知人にこの著者の主張を激しく嫌う人がいたのです)、ちょっと長いけれど読んで見て下さい。
太字は私の編集によるものです。
■■ Japan On the Globe(416)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■
国柄探訪: 万世一系のY染色体
〜「女性天皇問題」は歴史の知恵に学べ
我が国の歴史は、すでに解答を用意している。
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■1.「愛子様、おかわいそう」ケース1■
21世紀の最初の年にお生まれになった愛子様も、世紀末が近づく頃には80代の老境に入られていた。うら若き頃から女性皇太子となり、第127代天皇になられる事が決まっていたため、妙齢になっても配偶者に恵まれず、子も孫もいない寂しい毎日だった。
愛子天皇の前には8人10代の女性天皇がいたが、天皇が亡くなられた後に皇后が即位された場合(*1)か、生涯独身を通された場合(*2)のみで、女性天皇として夫を持たれた例は日本史上、一人もいない。愛子・天皇も自らが望んだわけではなかったが、配偶者には恵まれなかった。
*1 第33代・推古天皇、第35代・皇極天皇(第37代斉明天皇)
*2 第44代・元正天皇、第46代・孝謙天皇(第48代・称徳天皇)、
第109代・明正天皇、第117代・後桜町天皇
父・天皇が皇太子の時代に、皇太子妃として母を選んだ際にも大変だったと聞いている。まして、史上初の「女性天皇の夫」などという立場には、まともな男性はみな尻込みしてしまった。
秋篠宮の眞子(まこ)様、佳子(かこ)様は、皇室を去られて、民間人男性と結ばれ、孫達に囲まれて幸福な晩年を過ごしている。それが皇室に生まれた女性の定めなのだ。私もその定めに従っていれば、同じように幸せに暮らせたはずなのだ。
愛子天皇はそんな不満も口には出さずに、日々の宮中祭祀や、重要行事への臨席、外国からの賓客のもてなし、そして年に何回もの海外公式訪問、息つく暇もないほどのお勤めを果たされていたが、すでに80代のお体には大変な負担だった。
■2.老女性天皇の孤独■
しかし、最大の悲しみは次代天皇となるべき皇太子がいないことだった。現在の皇室には、愛子天皇ただ一人しかいない。127代も続いた皇室が自分の代で断絶してしまう、と思うと、日の本の民の幸福を祈り続けてきた歴代の天皇様方になんとお詫びしてよいのか分からなかった。
どうしてこのような事になってしまったのか、他に道はなかったのか。愛子様が生まれた後、他に男子の世継ぎが生まれなかった事から、政府は皇室典範を改定して、女性も天皇になれるようにした。しかし、その女性天皇が配偶者を持てない場合、あるいは、持ったとしても皇子に恵まれなかったら、後継問題を一代先送りしただけに過ぎない。そこまできちんと考える人がいなかったのである。
老女性天皇が覚束ない足取りで、海外公式訪問の飛行機のタラップを登られるその背中に、そんな深い苦しみ、悲しみがにじみ出ていた。多くの国民もそれを感じ取って、「愛子様、お可愛そう」と感じたが、ことここに至ってはなすすべもなかった。そしてただ一人皇室を守る老女性天皇に象徴されるかのように、日本全体も高齢化が進み、活力を失っていった。
■3.「愛子様、おかわいそう」ケース2■
21世紀の末期、80代の愛子天皇は思いやりの深い夫と、お子様達、お孫様達に恵まれ、多忙な公務をこなしながらも、充実した日々を送られていた。それも学習院時代の同級生と結ばれるという幸運のおかげだった。お相手は立派な人格と見識を持った青年で、裕福な一族からは「財産も十分あるのに、何を好きこのんで『天皇の夫』などという不自由な身分になるのか」と猛反対されたが、当時皇太子だった愛子様との愛を貫き通して、ついに結婚にまでこぎつけたのである。
愛子天皇のご長男はすでに50代。皇太子として、時に老境の母天皇に替わって、外国公式訪問などの公務を担われていた。いかにも篤実な風貌と思いやりに満ちた言動は、海外でも"Prince of Japan"として人気を集めていた。
しかし愛子天皇の悩みは国内にあった。一部の国内勢力は、今の皇太子は「女系の男子」で、天皇になる資格はない、というのである。
■4.「男系」と「女系」■
「男系」とは、父親か、あるいは父親の父親というように、男親を辿っていくと天皇につながる家系を言う。愛子天皇は父・先帝陛下の娘なので「男系の女子」である。前章で言及した8代10人の女性天皇もいずれも父親が天皇であるから「男系の女子」である。
「女系」とは母親や祖母など女親を介して天皇につながる家系を言う。愛子天皇の長男は「女系の男子」である。過去、8代10人の女性天皇はいたが、それらの方々が皇室外の人間と結婚して、子をなし、その女系の人間が皇位についた先例はない。また天皇の娘が皇室外の人間と結婚した場合は、皇族からは離れられる。「万世一系の皇統」とは、このように実に126代に渡って、「男系による継承」が一度の例外もなく忠実に守られてきた事実を言う。
愛子様のご長男が即位すれば、その伝統が破壊されるのである。「女系で天皇に即位した例はない」と「女系反対」の主張はマスコミを賑わした。史実に基づく主張だけに、保守派も反論できなかった。
すでに次代の男系が絶えた今、女系の即位が認められなければ、次の天皇はいない。天皇制は自然消滅となる。国民はようやく気づいた。21世紀初頭にマスコミは女性天皇賛成論で賑わい、その勢いで皇室典範が改定されて愛子様が皇太子から女性天皇となるレールが敷かれた。その上で、今度は「女系反対論」である。女性天皇を二階に上げておいて、梯子をはずしてしまう戦術である。「女性天皇賛成論」とは本音では天皇制廃止を目論む左翼やフェミニスト達の戦術だったのか。
いずれにせよ、愛子天皇のご長男をめぐる論争で、皇室の権威は深く傷つけられ、国民の一体感も失われていった。
■5.「女性天皇」論議には、その次の天皇を議論する必要■
畏れ多い事ながら、現在論議されている「女性天皇」が実現した結果として起こりうる未来をシミュレーションしたのが、上記二つのシナリオである。国民の間には「過去にも女性天皇がいらっしゃったのだから、愛子様が即位されてもおかしくない」「男女平等の時代ではないか」という事から、女性天皇を容認するムードが強い。しかし、愛子天皇の後継者を考えておかなければ、単に問題を先送りしただけに終わってしまう。
過去の8代10人の女性天皇の場合は、いずれも男系男子の後継者が存在し、その中継ぎとして即位されたものである。たとえば、歴史上最も近い時代の女性天皇は、江戸時代中期の第117代・後桜町天皇(在位 1762〜1770)である。第115代桜町天皇の皇女としてお生まれになったが、異母弟であった第116代桃園天皇がわずか21歳で病没された時、その皇子がまだ4歳であったため、成長されるまでの中継ぎとして伯母にあたる後桜町天皇が即位された。
「女性天皇がいらっしゃった」という史実から「女性天皇で良い」と結論するのは早急に過ぎる。「女性天皇はいずれも男系男子の後継者がいらっしゃった」という点を踏まえて、愛子天皇の後継者はどうなるのか、という点も考えておく必要がある。それを考えると、上記の二つのシミュレーションのように、いずれも暗い結果が予想されてしまう。
■6.皇統の「安全装置」■
史実を踏まえるなら、現在のように、愛子様の世代で男系男子がいない場合、我々の先人はどうしたのか、という事も調べておく必要がある。さすがに125代も続いている皇室の歴史には、このような危機が何度もあり、実はそれに対する「安全装置」はすでに皇統に組み込まれているのである。
前節で紹介した後桜町天皇は、甥の後桃園天皇が12歳になられた時に譲位された。しかし、後桃園天皇がこれまた21歳で病没されしまい、その年にお生まれになった皇女・欣子(よしこ)内親王しか残されていなかった。
この時に、第113代東山天皇の曾孫(ひまご)にあたる閑院宮家のまだ8歳の祐宮(さちのみや)殿下を迎えて、世継ぎとした。第114代・光格天皇である。光格天皇は欣子(よしこ)内親王を皇后に迎えられている。
光格天皇と先代・後桃園天皇とは7親等もの隔たりがあり、家系は約百年も前に分かれている。現代の感覚で言えば赤の他人である。しかし、何親等離れようと、男系である以上、皇統はつながっており、皇位につくことができる、というのが、わが国の伝統的な考え方であった。
同様なケースは、第26代継体天皇、第102代・後花園天皇にも見られる。継体天皇は、先代・武烈天皇が崩御されたとき、皇子も兄弟もなく、約200年も前の第15代・応神天皇の6世の子孫にあたる57歳の男大迹尊(おおどのみこと)が越前から迎えられて、即位された。先代とは10親等も離れている。後花園天皇も、先代・称光天皇が28歳の若さで崩御されたとき、二人の皇女しかいなかったので、8親等離れた立場でありながら、跡継ぎになられた。
■7.「万世一系」のY染色体■
このように直系の男系男子がいない場合は、どれほど離れていようと、傍系の男系男子を選んで、世継ぎにするというのが、皇室の伝統的ルールであった。逆に、男系男子の後継者はいるが、まだ幼いので、成長するまでの中継ぎをするのが女性天皇の役割であった。
しかし、我々の祖先は、なぜそれほどまでに男系男子にこだわったのだろうか。それは血筋とは、男性によって伝えられる、という信仰があったためであろう。これは迷信だろうか?
現代の遺伝学は、それに相当する法則を発見している。性染色体はX染色体とY染色体の2種類があり、男性はXY、女性はXXからなる。この二人から生まれたこどもは、父親のX、Yのどちらかと、母親の2種類のXのどちらかの組合せを持つ。
男の子は父親のYと母親のどちらかのXを持つ。したがって、Y染色体は代々男親から男の子へとかならず継承されるのである。女の子はX染色体しか持っていないから、将来他の男子と結婚して、男の子を産んでも、その子のY染色体は自分の父親のものではない。だから女系ではY染色体は伝わらないのである。
「万世一系の皇統」とは、今上陛下や皇太子殿下、秋篠宮殿下が持たれているY染色体が、遠く後醍醐天皇や天智天皇、聖徳太子や日本武尊、そして初代・神武天皇まで遡ることができる、という厳然たる事実なのである。
愛子天皇が一般民間人と結婚されて設けられた女系男子が即位したら、この万世一系のY染色体の系統が断絶してしまう。2千年もの間、我々の先祖がなんとか維持してきたこの伝統を、我々の世代が無知ゆえに破壊することは許されるのだろうか?
■8.「安全装置」としての宮家■
現在の皇室に男の子が生まれず、男系男子が途絶えるような場合は、どうしたらよいのか。上述したように我々の先祖は解答を示してくれている。傍系で何親等離れていようと、同じY染色体を持つ男系男子を探し出して皇位を継承して貰えばよいのである。
いや、探し出す必要はない。こういう場合に備えた「安全装置」として戦前は11の宮家があった。遠く室町時代に創設された伏見宮家の系統であるが、男系として皇室と同じく神武天皇以来のY染色体を継承されている。戦後、占領軍の命令で皇籍離脱を強制され、今は民間人となられているが、現在も8宮家が存続し、久邇(くに)、賀陽(かや)、朝香、東久邇、竹田の5家に男系男子がおられることが分かっている。
これら男系男子を持つ旧宮家は皇族に復帰していただき、万一、今後とも皇室に男系男子がお生まれにならない場合は、旧宮家から男系男子を次々代の天皇としてお迎えする、というのが、わが国の伝統に沿ったあり方である。さらに、光格天皇の時のように、愛子様(かなわなければ、眞子様、佳子様)には、その方の皇后陛下になっていただければもっと良い。
60年も前に皇籍を離脱した旧宮家の復活などというと時代錯誤から考える向きもあろうが、そもそも旧宮家の廃止じたいが皇室弱体化を狙った占領軍の指導によるものであり、日本の歴史伝統に反した行いであった。
また宮家創設にかかる費用を心配する人もいるが、現在の国家予算からは宮家当主に3千万円程度、妃殿下にはその半額が支払われているに過ぎない。1家5千万程度で5家復活したとしても3億円にも満たない。せいぜい官僚30人分程度の費用でしかない。
宮様が増えれば、安全装置としての役割以外でも、外国の賓客の応対や、慈善団体や公共団体の名誉総裁など現在の皇室のご負担を軽減しつつ、いっそうの充実を図ることができよう。30人程度の官僚とは比べものにならない効果が期待できる。
■9.愛子皇后と日本の幸せ■
21世紀も暮れようとする頃、ある宮家から迎えられた第127代天皇と愛子皇后のご一家は、幸福な生活を送られていた。皇太子殿下はすでに50代になられ、天皇のご名代としてしばしば外国訪問もされて、国際的にも敬愛されている。民間から上がられた妃殿下との間にもうけられた二男一女の皇孫殿下たちは、それぞれすでに成人されて、福祉団体や学術団体などの名誉総裁の役職を果たされている。
老壮青三世代そろった賑わしい皇室の動きに刺激され、国民の各年代層も活発な活動を続けていた。老人層は学術研究や芸術に精を出して、世界中で活躍していた。壮年層は最先端の科学技術と洗練されたデザインから生み出される車や家電製品などを生み出し、"Japan Cool"として、世界市場で尊敬される地位を築いていた。若年層は国際的なボランティア活動やスポーツで、日本の存在感を際だたせていた。
また皇室が参加される自然保護や伝統文化保存の活動も盛んになり、日本列島は美しい自然の中に豊かな文化を保存する国として、環境破壊に悩む各国の見習うべきお手本とされていた。
世界の各国民は、改めて2千年もの間、日本国民が代々の先祖から継承してきた皇室制度という深い知恵を羨むのだった。(文責:伊勢雅臣)
『二重国籍、ダメですか』 from 朝日新聞 2008年9月28日(日)
